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やさしいってなに、しあわせってなに、問題解決の糸口ってなに
私の患者の多くは、
過去生だけでなく、
現在でも生じているくせやトラウマ、
困難な人間関係等を思い出している。

例えば、ある患者は、
過去生での
非常に暴力的な夫を思い出したが、
この夫は、
今では、暴力的な父親となって、
彼女の人生に登場していることを発見したのだった。

また、
けんかばかりしているカップルは、
前世では、四回、一緒の時代に生まれ、
お互いに殺し合っていたことを発見した。
同じ物語とパターンは、
延々とくり返されてゆくのである。

くり返し起こっているパターンが
はっきりと認識された時、
そして、その原因がわかった時、
このパターンは消滅する。
もう苦痛を味わい続ける必要はなくなるのである。

前世療法がうまくゆくためには、
患者も医者も前世を信じている必要はない。
しかし、試してみると、
病状の改善が現れることが多い。
そしてしかも、
霊的な成長が常に、必ずもたらされるのだ。



『ソウルメイト/魂の伴侶』(ブライアンLワイス=著 山川紘矢、亜希子=訳 PHP文庫)より抜粋






みなさん、こんにちは!
先日、かなりめずらしく、
わたしの古い友人で、
週刊誌記者をしているY君から連絡があって、
マーマーマガジンを買ってよんでくれたとの
メールがありました。
うれしくて電話をして、
ひさしぶりに、たくさんお話したのですが、
ぱっとあけたときに前世療法のことが書いてあるから、

◎最初から、読者を限定しているなー

とか(でもそれがいい)

◎日月神示の記事がおもしろかったなー


とか、(こういうのもっとやったほうがいい)
意見をはなしてくれました。


彼はもともと噂真(噂の真相)にいたひとなので、
1行情報のお話をしたりとか、
なにせ、『話の特集』とか『面白半分』とか
あの時代の小さな雑誌を勉強して
つくっているのだよ、というふうに
話したら、とても共感をしてくれました。

Y君は、わたしが知るなかでもスーパークールな人で、
だいたい、前世療法とか、そのたぐいのことは
とくに興味もなく、
でも、一方で、すごく純粋でもあって、
とても素直なひとで、
なにせ、彼のような人物が、
マーマーに刺激を受けたよ、といってくれて
ほんとうにうれしいきもちになったのでした。

あつかっているコンテンツ云々も大事だけれど、
雑誌としておもしろいかどうかも
もちろん伝える側としてはとても大事なぶぶんであって、
最近、彼も広告代理店の人と話していると、
少部数の雑誌の広告の値段があがっているときくよ、と教えてくれて、
全体的に、
村化しているというか、
マスでドン、100万部!という世界も
もちろんあるにはあるのだろうけれども、
小さな部数のものがいっぱいある、というほうが、
実は、本や雑誌という媒体には、
健全なのかもしれない、というか、
おもしろいものが自由につくれて、
みんながたのしい(読者のかたも、作り手も、売り手も)
という状況をつくりやすいのではにないかという話で
もりあがったのでした。


わたしも
未来の世界は、
村、村、村、村、村、村、村、村、村、村、そして村、
というふうに、
小さな村がいっぱいある!
個人商店がたくさんあつまってる!
というふうになるのではないかなと思っていて、
もちろん、
大きなもののよさもあって、
そういうもののたのしさを
わたしも享受しているめんもあるにはあるのですが、
やはり、
なんか、
おなかの奥のほうが熱いんだっちゃという
そういう体験を読み手もつくりてもするには、
小さな媒体は、
そういう状態をつくりやすいのかなって思います。




***



さいきん、
なにでそういうことを思い出したかわからないのですが、
年かしら、
なんだろ、
こう、
「分をわきまえる」みたいなことを
毎日考えるようになって、
ほんとうに、たとえばですよ、

目の前に畑があって、
まあ、そこは、自分で耕せるくらいの広さだとして、

でもね、
500万円借金をして
土地を購入し、
200万円借金をして
トラクターを買えば、
もっと広い土地を畑にすることができて、
そうして、
3年かけて、ああして、こうして、と試算をして、
うん、そうしたら、借金かえせて、もうけられる!

というふうに、現代社会では、
考えたりするものですよね。
それが、かっけー、みたいな感覚がある、というか。

というか、社会やシステムって、
そういうふうに、今までやってきたことって
たくさんあると思うのです。


今までは、
それでもよかったのだと思います。
そういうことのたのしさや、わくわくや、経済的な豊かさを
享受してきたから。

でもね、
昨年の地震や原発の事故で、
いや、
もう何年も前からほんとうは
「おしらせ」はあって、

異常気象が、
花粉症が(花粉症なんてなかったのに)
アトピーが、
うつ病の多発が、
もういろんな場面で
「おしらせ」はあって、
もちろん、ひとくくりにはできませんが、
システム全体が、「分」というものを越えた、ということによる
カルマ返しなのかなって、
ほんとうに、あたりまえのことですが、
つくづく思うようになりました。


食べもので、何を食べたらよいかというときに、

◎自分でつかまえられるもの

というふうに考えている人もいて、
(そういうわけで、牛や巨大まぐろは食べないとか)
なにか、そういう感覚でやっているときは、
自然と調和していけたのかな、とか。

何か、ある「境界線」を越えると、
そのしっぺがえしが、
自分たちにやってくるようなきがしています。


そういうわけで、
(話はもどる)
マーマーマガジンは、
小さいし、
ある一定のおおきさしか
おおきくもしない、
その中で、わたしたちは、最高のしあわせをいっしょうけんめい考えて、
やっていく、ということに、
いっしょうけんめい、トライをしています。

村へのトライ、だね。

もちろん、
都会のエッジーな感覚もわたしはもともと大好きだし、
大きなはなしも、夢がいっぱいで、
ほんとうにすてき。

でも、わたしじしんが作り手となったときに
その規模が得意じゃないのだと思うのです。
村が得意なタイプ。

自分に合う規模のものをやる、
ということも
自分にとっても
まわりにとってもしあわせなことなのかなって思っています。



む!

しあわせ!
しあわせ、って
ほんとうに、なになんだろう、って思います。


というか!
あらためて、
わたしは、
問題を解決する、ということに、
なみなみならぬ関心があって、
どうしたら問題というものがとけるのか、
よく考えていて、
このブログにも書くのですが!


そう!
桜の問題!
みなさん、FBのコメント、
ほんとうに、ありがとうございました。
ここにご紹介しようかと思ったのですが、
ものすごくたくさんあって……!!

5つか6つだと思ったら、30個もいただきまして
(みなさん、ありがとうございました!
ひとつひとつ、大切に読ませていただきました!!)

いろいろ検討したけっか、
このままここに載せるのも
読まれるかたも大変だろうということで、
FBのコメントはFBでよんでいただこう、
それはそれで意味があるのかもしれない、
ということにあいなりまして、
前回、ここで紹介するといったのに
ほんとうにもうしわけありません!!

で、
えっと、
桜の話は、
ある喫茶店は、桜がすごくきれいにみえる席が
2席あって、
今年は、ある日、
ひと席に4時間、もうひと席に6時間座っていたお客さんがいて、
桜が見えない席のひとからクレームがきたが
どうしようか、という話でした。

そのコーヒーショップにいたわたしと
もうひとりの見しらぬおじさんと、店主のKさんとで、
どうしたらいいか考えて、
店主のKさんは、来年から、テーブルに小さなおしらせをたてようかと思っている、
でもあまりそういうことはしたくないんだが、といっていて、
なにか妙案はないかということになりました。



で、わたしは、

◎その時期、少しだけ、桜の見える席は、料金を高くしたらどうか


という案を出したのですが、
マスターは、そういうことはうちはしない、といいました。

ちなみに、
前回のブログで
かきそんじていたのですが、
その喫茶店は、
なんというか、渋ーーーい喫茶店で、
渋ーーいおじさんが好きそうな、タバコもくもくの
コーヒーショップなんです。


(わたしはタバコはのまないが、現時点の社会では、
喫茶店は、自由にタバコくらい吸えたほうがいいだろう、と思っている派。
そういうのって、個人個人の問題だから、
わたしは、現時点ではですよ、現状の社会では、
タバコもくもくの喫茶店もあっていいじゃない?って思っています/ウインク!)


(といいますのも、タバコを肯定しているわけではないんです。
やめられるならやめたほうがいいと思う。
でもね、あれもだめ、これもだめ、という否定性では
本質的に問題解決にならないだろう、と考えているわけです。
ゼロか100か、みたいな思考法では、
今のこの世の中の問題は解決しないんじゃないかなと思っているわけです)


(つまりは、タバコの煙があろうがなかろうが、自分はきにならないくらい
自分自身は、自由でいたいなあ、達人をめざしたいなあと思っているというか)



(かっこ、多いな)



で、です。


とにかく3人で、看板はヤボだろう、ということになりました。
(渋い喫茶店なんです。自由な喫茶店)。


で、
カウンターにすわってた渋いおじさんはこういいいました。



「4時間、6時間のお客さんは、超レアケースなわけでしょ?
そのレアケースにあわせて
つまらない看板をつくるのはもったいない。
だいたいここは、

◎コーヒーを飲んでくつろぐ店

なのであって

◎桜を見物しようという店

なのではない。


なのであれば、
今度、クレームをいわれたら、
このクレームをいった人に、

『このお店は桜を見せるお店ではありません、
コーヒーをのんでくつろいでいただくお店なのです。
どうぞ、ご了承ください』

といって、
4時間見ようが、6時間見ようが、
そういう人がいたって、そういう人ばかりじゃないんだから、
いいということにしたらどうだろうか。

桜が見たかったら、朝いちばんでくればよい」



ということになりました。


わたしは、
そっかーと思った。
マスターもそれを採用しようということになり、
ちいさな看板の案は、破り捨てられました。


そのお店をご覧にならないと
ちょっとイメージが伝わらないかもしれないのですが、
いってみたら、
こう、一般的な喫茶店ではあるのだけれども、
とにかく、渋い場所なんです。
大人がいくような喫茶店。
その絶妙な雰囲気を活かすには、わたしも
それが最善の方法だとおもいました。



****



問題解決、について
考えています。


やさしさとはなんだろうか、と思う。


その根本にあるのは、
みのがしてはならないのは、
枝葉のことではなく、
根っこや、土のことをどうしようか、
ということなのだろうということなのだ、と思います。

このT珈琲は、
長年のT珈琲らしさを、
もう少しでうしなうところだったかもしれません。


◎お客様、混み合いましたら、席をお譲りください、


と書いてしまうことで、

また、桜を見に来る人は増え、
入れ替わり立ち替わり、
超静かな店内が、わさわさとしてしまうかもしれない。

せっかくのシックなムードが
損なわれるかもしれません。



わたしが考えた案は、
クレーマーの人にすぐに「反応」をしてしまった
アイデアでした。

でも、カウンターのおじさんが導きだした解は、
T珈琲の威厳というか、誇りを損なわない、
ブランディングも損なわない、
ひょっとしたら、
クレームをいうお客さん(クレームをいうひとは、
いつも怒りがこころのなかにあるので、
どんなきっかけでもそれを燃やして表出させています)を
追い払うこともできたのかもしれません。



やさしいって、何なのでしょうね。


でも、この
T珈琲の桜の時期に、2席をどうするべ問題2011の
あるひとつの解答(正解というわけではないが、
マスターがとても幸福そうに、満足そうに、その解を受け入れたという点で正解)は、

問題解決の
ひとつのヒントを
わたしにもたらしました。


やっぱりね、
自分らしくあるってことが
大事なんだね。
境界線、とね。


むりはいけないし、
分を越えてはいけないのだ、と
つくづく思います。


人生の最大の難所は、


◎自分を知る


ということだと思っていますが、
まさに、問題解決とは、
自分を知り、
土と根が何であるかを知ることからはじまるのかなと思った次第です。



なにが
正しいかは、
枝や葉を見ただけでは
わからないなと思います。


また正解もひとつではなくて、
でも、唯一正解があるとしたら
自分らしくやるということだし、
自分らしくやることで、
結果、いいことがたくさん起きる、ということが
真の正解、ということになるのかなって思います。


FBのコメント欄に書いてくださったみなさん、
「おい、みれい/おい、小池、の発音で、
説明が悪すぎ! あんたの説明わるいから、
解みちびきだせなかったじゃんかよ!!}
というかたも多いかも、、、(ごめんなさい!!! 伏して!! 
っていうか、ぶって、わたしを!!)。

なにせ
みなさんの解答もひとつひとつが
なるほど、というものであって、
場面によっては、ほんとうに、
そういう解が解となることもあると思えるもの、たくさんでした。

(マーマーガールは、なににせよ、
ほんとうに、やさしいとおもいます)






****







昨日のワークショップで、


◎天分と天分でないことをどう見分けるかという質問がでて、


これは、SHIEN学の舘岡先生にうかがったお話ですが、
ひとつには


◎追い風が吹く

というものがあります。

わたしもそう思います。



ほんとうによい解は
幸福をうみだし、
その幸福は拡大をしていき、
ものごとが統合されていくのだと思います。


ほんとうにはよくない解というのは、
幸福が減少し、
どんどん幸福がなくなっていき、
ものごとがばらばらになっていくのかなって思います。


あと、

◎助けるひと、支えるひとがあらわれる


ということもあると思います。


それも、
いい解答や、天分と
関係がありますよね!




たいへんな時代ですけれども、
でも一方で、
あたらしい解や、
あたらしい意識や、
あたらしい世界にジャンプできる
最高の時代でもありますね。



そのことに
なみなみならぬ
関心があります。


冷蔵庫をつかわないでいてみたり
携帯をつかわないでいてみたり
都会にいるけれど田舎のようにくらしてみたり
村のように雑誌づくりをしてみる、という試み、それは、
自分自身で、
自分の、そして世界の
根っこや土ってなんだったっけ
そうしてこの「里山」って
どういうしくみだったっけ?と知りたいからなのだと思います。


しあわせって何なのでしょうね。
そして、
やさしくするって
どういうことなのでしょうね。


まだしばらく
考え続けたいなって思っています。



◎おまけ

バンドmma(忍田彩、嶺川貴子、わたし)の
4月のライブの様子をアップしました!
写真家は、松岡一哲さんでーす。



flickr
mma ittetsu matsuoka's photo stream



そのほか、
撮影が続いていたり、
エキサイティングな毎日ですが、
また、おしらせしていきますね=!ブヒ!




では、
どうぞ、
すばらしい5月を
堪能なさってくださいね。





音のするなげキッスを
このブログにのせて




peace of i



millet


| オーガニック | 16:35 | - |
あつくるしいことこの上ないんだぜ
どこかに何かを
置き忘れてきた
人気作家

あなただって
雑誌に載ったという
それだけで感激していた頃があったでしょ?

(中略)

マンガ青年誌に
女性編集者が
誕生して
まだ10年弱

「これだから女は…」
と言われないように、
同期の男の子達の
2倍は仕事を
こなしてきた

それでやっと
一人前の扱いを得られる

セクハラも
お局様のイビリも
手柄を横取りされるのも、
今は、笑って
すませられるが、
マンガ家には
時々
絶望させられる。


(中略)


新人にしたって、
ヘンにまとまった
ものばかりで


自分にしか
描けないようなマンガを
どうして
描こうとしないのかな。





『編集王 1』(土田世紀=著 小学館=刊)より抜粋






よぼよぼの爺さんが、自転車で立ちこぎ!


とんちゃん通りは、ノーヘルでバイク!



ふつうってなに? 常識ってなに?


んなもん
ガソリンぶっかけ
火つけちまえ(まえの発音は、もぁえ、で)……もぁえ…もぁえ……もぁえ(ディレイ)。


山にこだまする……
もぁえ…もぁえ……もぁえ




もぁえ…もぁえ……もぁえ





もぁえ…もぁえ……もぁえ





今日は、山の谷間から!
みなさん、こんにちは!
よぼよぼのおじいさんが自転車を
立ちこぎする、2012年春、
(いや、ほんとに、表参道でみたんだってば)

昨日、車の中で、友人が口ずさんでいた
歌詞(SIMI LABの曲のうろおぼえを
さらに、わたしがうろおぼえで、おぼえているもの/だから超てきとう/ごめんなさい)
を織り交ぜながら、
水曜日がアップの日なのに
金曜日の夜アップしています、
milletとかいて、みれいでございます!


お、おかあさん、
わたし、
ラッパーになりたい!





えっと、今日、金曜日の夜は
メルマガが発行されますし(そろそろ届くころでしょうか…おそくなってごめんなさい)、
別マーも、
渡辺えり子さんのよがのなう、
わたしの冷えとりなう
の2本がアップ!



もらいもののお菓子がなぜか集まるように!
プロポーズされる時期はなぜだかとてもモテるように!
マーマーマガジンからの配信も多数!



(わたし、ぜんぜん、韻ふめねー/悪いラッパーの声で、ラップ調で)





えっとえっと
今週は、
マーマーマガジンは、次号の撮影のオンパレード、
とにもかくにも、
まい、まい、邁進をしています。


トピが多いので、備忘録的に、ゴ=!



最近の編集部


植島啓司さんのトークショーで
インタビューさせていただきました!!
もう、これ、謙遜でもなんでもなくて、
超、この日、わたしダメダメで、
ろくな質問できなくて、
公開であやまります。どうか、お許しください!!

でも、植島先生の話おもしろかったですね。
ある時期の天皇のお話とか。
めちゃめちゃ興味深かった。
日本書紀、古事記、読んでみたくなりましたね。

植島先生は、どこまでもクールで、
セクシーで、なんだろ、
人気のひみつを、家政婦はみたばりに、
ドアの隙間からのぞかさせていただきましたYO!




個人的には、
聖地ベスト100にでてきた、
海にむかって、女性が、
女性の大事なところを、股をひらいて見せる、という
ある儀式について
きいてみたかったのですが、
なんか、きけずじまいでした。



植島先生、関係者のみなさま、
ほんとうに、ありがとうございました!



そうそう、その前に、わたし、
時間があったので、
某Tコーヒーで時間つぶしていたんです。

そうしたらね、
ここですごくおもしろいことを体験しました。


Tコーヒーは、すごく桜がきれいな、コーヒーショップで、
今年、桜の季節には、窓際の2席に
一席は、4時間、もう一席には6時間、お客さんがいたのですって。
それでね、
カウンターの席(この席から桜はまるでみえない。っていうか
桜を背にコーヒー飲んでる状態)の
桜をみにきた、おきゃくさんから、クレームがでたのですって。


それで、TコーヒーのKさんは、考えた。
来年からは、
窓際の席に、
「誠にもうしわけありませんが、
お店が込み合ってきたばあい、
おゆずりいただく場合があります。
ご了承ください」
という看板をつくって、立てておこう、と。


ふむ。


その日、Tコーヒーには、わたしと
もうひとりのおじさんしかいなかったのですが!
わたしたちも考えました。
どうしたもんだろうかって。

みなさんは
何がいちばんいいと思いますか?


これ、募集しようっと。


すごい問題解決がうまれたの!


ていうか、問題解決ってこうやってやるんだなあというかんじ。

わたしも案を出したのですが、
カウンターにいた、
おじさんがもっともよい解答を導きだしたんです。

きけば、そのかたは、
経営コンサルタントなんですとー。
ふむー。
やるなー、コンサルおじさん!


ということで、
みなさんもご一緒にお考えくださいませ☆
FB
やっているかたは、
ぜひ書き込んでね(ウインク!)。



そうそう、今週は、
ささたくやくんの撮影もありまして。
ささくんと、撮影したあるものを
食べながら、いろいろ話したんだよね。

それで、わたしが冷蔵庫なしで生活していて
いろいろ気づくことがあるという話をしたら、
ささくんがこういうことを教えてくれた。


1のものを食べるのに、
だいたいだけれど、
10のエネルギーがいる。
つまりは、9のエネルギーが無駄になっている。
その9のうちの多くは、
保存するための冷蔵につかう
エネルギーなのだって。
(家庭の冷蔵庫、スーパーの冷蔵、輸送のときの冷蔵、いろいろ)


この問題の出典をきかなかったので、
どこからの話なのか、
調べていませんで、
ちょっと記事としてよまずに、
へー、という感じでぜひ読んでいただきたいのですが、
それにしても、
冷蔵庫をやっぱり、なしで、このまま続けてみようという
きもちにはたまたなってしまいました。


いや、冷蔵庫なし生活は、
交通の不便な場所にいるかた、
介護をなさっているかた、
子どもがいるかた、
多忙なかたなどにはむかない生活だと思います。


でもネ、
100年前に冷蔵庫はあったんか?

って話でもあるんです。

畑からぬいて、
すぐ食べたら、
冷蔵庫いらないし。


もともと、
お肉もお魚も
ほぼ買わないので、
冷蔵庫いらないといえばいらないのですが、
先日は、いちごを食べようと思って、
おいておいたら、
ある日、突如、真っ白になってました(がーん)。

そりゃそうだ。

でも、
都会で生活していたら、
あらゆるところに公共の冷蔵庫があるわけで
(スーパーとかコンビニをさしています)
冷蔵庫いるのか、って話なんです。
しかも、
冷蔵庫ないと、
ものすごい、買い物のとき、
精神が、研ぎすまされますよ(笑)。


何を、どう食べるかが、くっきりするし、
必要なものしか買わなくなりますし。


もうしばらく
様子をみて、
続けてみようと思っています。




次!



本日、ユナイテッドアローズ某レーベルで、
ちいさな講演をさせていただきました。
ありがとうございました。
予定の時間の三倍話した(爆)。
みなさん、もうしわけありませんでした。

でも、今日は、すごく、聞いてくださるかたもよくて、
なんだか、
すごく、たのしくてたのしくて、
話しすぎちゃった……。

そうそう、それでなぜ
この話をしたかというと、
話しそびれたことがありまして!

それは、
あれです。

お洋服に、ぜひ話しかけてほしいというお願いなんです。

ユナイテッドアローズ某レーベルのみなさんだけではなく、
ものを売っているかた、
どういうお仕事のかたでも、
やってみていただきたいのですが、
商品に、とにかく、話しかけるのです。

わたしも、
マーマーができあがって
本屋さんに並んだりしていると
そっと、
マーマーに話しかけてます。


そういう
目に見えない世界、
のおはなしをいろいろとさせていただきましたが、
なんか、ほんとうに、
おもしろかったですね(自分でいう!)。


これから、
どういう企業が、
どういうブランドが、
どういう会社が、
どういう個人が、
幸福になっていくのか、
経営的にも発展していくのか、
というおはなしでした。

わたしも話しながら
気づかせていただくことが多くて、
おもしろかったです。


みなさん、ほんとうに、ありがとうございました!
沼田さんも、ありがとうございました!



それにしても
今週は、撮影がたてつづけにありました。
昨日は、mma(ンマー)の撮影もありまして!
お洋服を、着替えると、気持ちがかわりますね。

わたしたちのバンドは、
つい先月、マーマーのイベント
生マーにも以前出演いただいた
ダスティン・ウォングさんのレコ発ライブに
出演させていただいたのですが、
ダスティンが、
わたしたちのリハ見終わって、
「森みたいだったー」といったのでした。
でも、
当日きてくれた
マーマーガールは、「宇崎竜童みたいなバンド」といっていて、
結果、合わせて、
ダスティンによると
「森のヤンキー」なんですって、わたしたちは(爆)。


森のヤンキーっていったい……。


かわいいんだか
こわいんだか……。


こわいか!


まあ、また、
ライブをやることになったら
みなさん、あそびにいらしてください。

エレファントの吉田さんにも
ライブ映像みせたんだけれど、
マーマーガールはこれをどうみるのだろう?
とおっしゃってた。
新宿っぽいなーとか。


おもしろいですね!




6月に、出演者が、ヤバい感じのイベントが予定されていて
それの司会をやるのですが、
ああー、早くいいたい!
えっと、それの打ち合わせをさせていただいたときに、
ナナロク社の村井さんという編集者のかたにはじめてお会いしたのですが、
わたしの詩集を、
読んでくださって、
ほんとうに、うれしかったです!

詩のイベント(ポエトリーリーディング)も
今年はもっとやっていきたいです! うす!



編集者といえば、さっき、あるレストランで、
京本政樹似の、イケメンの編集者が(おそらく/会話で編集者だと推察)
高齢の著者の先生に、
顔をつけて、
真剣に、
何かを、説得してました。
ふたりともかなり本気で、
もう話を聞きたくて聞きたくて、
かなり耳をそばだてたのですが、
よく聞こえなくて、
もう、途中で、
「わたしも話にいれてください!!!」
と叫びそうでした(なぜ?)。

いやー、
男性編集者、かなり、あの人、
敏腕ぽかったなー。
なんか、
声がめちゃめちゃよくて
おだやかで、
着てるものもソツなくて、
でも、ファッションにさりげなく、ちょっと主張もあって、
たぶん、すごい文学青年で、
でも、スレてて、
孤独で、
お酒飲むならハードリカー、
でも、ほんと、本が好きで、
自信もあって、って感じだった。
どこの版元のひとだろう、(幻冬舎とか? 新潮とか?……)
いやー、編集者って、なんだか
やっぱり、たまらん、暗い仕事だなー。

いや、ほんと、
その編集者の説得ぶりは、
すさまじいものがありました。
穏やかに、でも、
めちゃめちゃ、ぐいぐい、おしてた。
ひきつけられる、「おし」でした。
作家さんのほうも、負けてなかったけれども。
いいですね、ああいうの。
プレイといえば、プレイなんだけれども。





そう、
これは、わたしも『編集王』の読み過ぎで、
今、編集部では、
あたらしく入ったスタッフ、鈴木コボ君の
土田世紀さんの蔵書を読み回しが超ブームで!

わたしの赤字入れが、
いつにもまして熱いのは、
土田先生の、編集王のせい…せい……せい……(ディレイ)。

ていうか!
この編集王に出てくる編集者や、
今日みた、京本政樹的編集者が、
ほんとうに、編集者なんであって、



「骨身にしみあやがれ、肩書きだけのエセ編集者どもめ!!」
という晴海先生(イケメン)のことばに、
夜中、震えあがるA嬢とわたし、なのであります。




ふつうってなに?
常識ってなに?
んなもの
ガソリンぶっかけ
火ィつけちもぁえ、もぁえ、もぁえ………。






ということで、
意味不明のあつくるしさで
お送りしています、
マーマーマガジン編集部の
ブログも今日はこのへんで。



やー
ほんと、今日のメルマガにも
書きましたが


この逆転現象!

すごいですね。

大富豪ならば、
3が2に。
2が3に。
革命まくり。

2やババや8もってっからって
なめんじゃねーぜ……

なんちて!


てか、これ、
トランプの話です。
(マーマーマガジン編集部は、空前の大富豪ブームでもある)



ということで、
次号は6月にお届けできますよ!
どうぞ、おたのしみにね。



あ、「あたらしい東京日記」(大和書房)、
食べものの本(WAVE出版)も、
絶賛、おいこみちう、です!
ファイトだ、わし!



そうそう、もうひとつ忘れてた。
今週、ちょっと、なんか、
きづいちゃったはなしがあって!



☆メモふたたび


冷えとか、記憶、とか、
こう、ミルフィーユ状に、
どんどんめくれて、
出ては、また次、出てはまた次、って
ほんとうに、
どんどん、重なっていて、
少しずつ、めくれては出る、というものなのだ、
ということをつくづく思っています。


障害物競争のようですね。
とびばことんだら、次は網、
次は、水たまり、みたいな。



あと、
もうひとつは、
からだの中って、
三次元じゃないんじゃないか、ってことです!(ぼへー!!)

よくからだって宇宙っていうし、
手術で開けば、いちおう、三次元なんだけれども、
物質的にひらかないで、
存在する肉体、内蔵たちとは、
三次元じゃないのでは?という仮説をたてています。


冷えとりの話で、
ものすごい量のうんちが出たって話をきいたことがあるし……

なんか、ネ

そんなふうに思ったりしてみました!


ということで!


◎喫茶店で、桜の見える席が2席なんだけれども、
クレーマーに対して、なんというか

◎からだのなかは、三次元じゃないんじゃないか

この2点の問題について
みなさんからのご意見募集しまーす!!



フェイスブックのコメント欄にかいてくださいねー。
フェイスブックやっていらっしゃらないかたには、
来週のブログで、
ご紹介しますから、
はじめなくて
ぜんぜん大丈夫ですよー(わしも、フェイスブック苦手じゃけん)。


ほんと
こんなところに
これだけ書いておいて何だけれど
最近、パソコンすらいらないんじゃないかと思いはじめていて、
そう思ったら、
メールの受信状態が劇的に悪くなり!(がーん)

メールの返事がないかた、
みなさん、
ごめんなさい、
わたしのメールサーバーなのか、パソコンなのか
突如、調子がわるくなりまして、
お返事できていないかたが
多数いらっしゃるみたいです。
どうか、ご容赦くださいませ。



なにせ、
生身、
会ってはなすのが、いちばんだね!



ということで
よい週末を
おすごしくださいねー。






20120511_2470582.jpg


冷蔵庫に入ることなく食べた苺さんたち
あなたたち、なまあたたかくて、とてもおいしかったわよ……










チャオ次元














| ホリスティック | 21:20 | - |
結婚します!
うえーい!


みなさん、こんにちは。
東京はすごい雨です。
ゴールデンウィーク、たのしんでいらっしゃいますか?

マーマーマガジン編集部は、
ゴールデンウィークもなにもなくて、
もう、ただひたすらに、
書く、打ち合わせる、書く、書く、打ち合わせる、会議、会議、打ち合わせる、
会議、書く、書く、書く、書いて、書く、打ち合わせる、書く、書く、企画する、
調整する、書く、書く、打ち合わせる、書く(もういいって?)
という日々です。

まい・まい・邁進するんだワン!


次号の16号も
ほんとうに、ほんとうに、
すっごくおもしろくなりそうです!!

リニューアル号は、

「お、お、おれ、リ、リ、リニューアルすんだ(汗)」

というちょっと気負いがまったくなかったといったら
そんなことはなくて、
どこか、こう、ね、
なんだろう、

「えい!」みたいな

ちからの入っていたところがあって
まあ、それもそれで、ファーストアルバムのよさですが
(いつもファーストアルバムに戻ってる……orz)
でも、セカンドアルバムの、
こう肩のちからのぬけた感じを
16号では味わっていただけるんじゃないかな、とおもっています。
どうぞ、たのしみにしていてくださいね。

特集は「数秘術」ですよー。

そのほかの特集も最高におもしろいです。
もう、めっちゃ「おもしろくない? おもしろくない?」
といいながらつくってます。



どうぞどうぞ、おたのしみに!



****



それにしてもですね、
1週間の時間の流れ方が
さらに変わってきたきがする
(こんなことばかりいっていてごめんなさい)。

でもほんとうに、そうなの。

昨日も仕事のワークショップだったのですが、
2週間あいただけでしたが、
4週間くらいあいた感じがした!

このブログだって、
1週間前に書いたとは思えないかんじがします。

なにか、
時間の感覚も
ますますかわってきているのでしょうね。


ふむ。


時代のほんとうに
大きな変わりめなんだと
痛感しています。


どうぞどうぞ、
ご自分自身に軸をもって、
ご自分自身に、こたえをみいだしてくださいね。
その技を、どうぞ、手にいれてください。

たとえばですが、
マーマーマガジンでは
いろいろな代替医療の知恵を紹介していますが、
ほんとうに
代替医療者どうしも仲良くしてほしいです。

それが
代替医療従事者の、いちばんの課題だとわたしは思っています。

それぞれの主張は
それぞれでよいのだと思います。
医療を受けるもの、
民間療法をためすものは、
自分がいちばんだと思ったものを
いっしょうけんめい、
自分のからだと相談をして、
からだの声をきいて、
実践していけばいいと思います。

Aという方法と
Bという方法は、
コミットしているところの
「位相」が違うので、
そもそも同じ土俵で語るのは
ちがうと思っています。


Aという方法は、ある人には合う、
でも同じ人がBも合うとは限りません。
ある人は、AもBも合うかもしれません。
ある人は、Bだけが合うかもしれません。
そしてそれらがいいとか悪いとかじゃないわけです。


Aという方法を信じるならば、
Aを一生懸命やるのがいいと思います。
AとBを混ぜるならば、混ぜたうえで、
優先順位をつけて、
ご自分のからだで実験なさるのがいいと思います。


ただ、
AとBといってること違うじゃん!と右往左往したり
間違い探しや犯人さがしをするような態度は
わたしは、なにか、ちがうと思います。批判もちがうと思います。

AもBも正解なのです。
「位相」が違うのです。
注目しているポイントが違うのです。
そこをよく理解して、わたしたちはとりくまないと、
ばかばかしいことになると思います。

そして、
Aの方法を推奨する人も
Bの方法を推奨する人も、
どうか、「合うポイント」をみつけて、
統合していくのがあたらしい時代だと思います。
これは、たくさんのかたがたにおねがいをしたいです。


自分がいちばん正しい、
と誰もが思いたいのだと思いますが、
正しさ、は、無数にある。
みんな、正しいのだと思います。

大切なのは
何が正しいか、ではないのだと思います。
大切なのは……
何なのでしょうね。




自分が、
自分が、
というアティテュードではなくて、
誰かがよくなる、げんきになる、たのしくなる、
という方向で、
AもBもCもDもみんなが手を携えていけたらいいのかな。


代替医療だけではなくて、
さまざまな場面でそうですね。

内ゲバやってる時間はない。
傷つけあってる時間もないと思います。
まちがいさがししている時間もない。


***


わたしじしんは、もう、

◎したいことだけをする

ということにいたしました。


わがままみたいだけれど、
それが、全体にとってもいいと思ったからです。
自分はしたいことだけしてきたと思っていたけれど、
なんだかそうでもなかったみたい。

そういうのって
でも窮屈ですね。

ほんものの成熟とは
ほんとうに自由になることだって
あらためて思いました。


そして、
たくさん
書いていこうと思います。
もうすぐ、みなさんに
ご本をお届けできると思います。


みんなが、
「自分が自分が」とならずに、
統合していけるように、
わたしも
自分が自分がとならずに、
やっていきたいと思います。


しかも、
自分がしたいことだけをする、ということと
自分が自分が、とはならないということは
同居できるのだと思います。


したいこと、と、
「我」をなくす、との結婚ですね。

否、結婚などわざわざしなくとも、
もともとそれらは、
ひとつだったのかもしれません。


ていうか、
そもそも
みんなひとつ、なんだけれども。



ほんとうに
そのことを思い出すことが
せまられているなあって思います。


あ、結婚ということで、
二股問題については、
今週末発刊します、メルマガでちょこっと
書きました。
目の前に起こることは、
ほんとうに、「どう見るか」の訓練なのですねー。




☆おまけ



ひさしぶりに
marine girlsききました。もうすぐ夏なのですね。



◎marine girls,a place in the sun

そして、
われらが、mma!
去年のライブをようやくyou tubeにアップいたしました。
元SGAの忍田彩ちゃん、ミネコこと嶺川貴子ちゃんとわたしのバンドです。


◎mma, at that night



7月くらいにまたライブができるかもです!
たのしみです!



ではよい日々を。
正直に、素直に、
思っていることと、いってることを一致させて
生きるほかないですね。
それが平和への近道だね!






チャオ股

| ホリスティック | 17:24 | - |
あたらしい時代にすすむときのカードについての一考察
健全な思考と健全な感受性だけでも、
高次の世界から来る真の認識内容のすべてを
理解できるということ、
この理解をもとにして確固たる土台を築くとき、
すでに
自分の霊眼を開くための重要な歩みが始まっているということ、
この二点を前提にするとき、
人は超感覚的世界の諸事象に
正しい仕方で向き合っている。

勿論このことだけでは霊眼を開くのに不十分であり、
別の事柄がつけ加えなければ、
超感覚的体験を所有しているとはいえないであろう。

しかし以上の道を馬鹿にして、
別のやり方だけで、高次の世界へ押し進もうとすれば、
真の高次の認識への扉は閉ざされ続ける。

高次の世界を、
自分で観ることができたときはじめて肯定しようとする態度は、
見る行為そのものに対する妨害となる。
後になって見ることのできるものを、
その前に健全な思考によって理解しようとする意志こそ、
この見る能力を促進するものである。

この意志が
「見者の直感力」を育てる
重要な心的能力を喚び起こすのである。これが原則である。



『神智学』(ルドルフ・シュタイナー=著 高橋巌=訳 ちくま学芸文庫)より抜粋





みなさん、こんにちは!
マーマーマガジンは、16号の制作が
わしわしわしわし、
象さんが小走りをするがごとく進んでいまして、
(象が小走り! かわいい!)
もう、その内容のおもしろさを
いっちゃいたくて、いっちゃいたくて
いっちゃいた死にしそうなのですが
(いいたいことがいえなくて悶絶して死にそうになっている! おかしい!)
ここは、ぐっと、がまんがまん。
6月の発売をどうぞ、お待ちくださいね。


そうそう、フォーメン(男性版)の準備は
遅々として進んでおりません。ごめんなさい。


その理由は!

その理由は!


わたしの別の本の原稿が遅れているから!

わたしのからだひとつしかないんで
もう、どうしようもないですね。
ほんとうにごめんなさい。

企画はすっかりできあがっているのですが。

でも、年内には!って思っていますよ=!! ブヒ!!



*****



それにしても、
ちょっとだけ話すと(結局話す。そういう人いるよねー)

◎秘儀的なものがいよいよ開示される時代になったんだなー

ってつくづく思います。

昨日、16号に掲載される、
あるインタビューがあったのですが、
そのかたが、
マーマーマガジンを見て、

◎えーこんなにスピでいいのか!?! スピをこんなにやっててすごい

と思われたそうなんですが、
ほんとうに無邪気に、興味のむくことを表現して、
でも、みなさんが、読んでくださって、
ほんとうに、すごい時代になったなあと思います。


わたしはずっと、
こういったことに対する興味、
興味をもっているありさまを
隠してきました(突然の告白)。


でも、リニューアル号で
もういよいよいいかな、というかんじで、
表面に出してみたら、
あっけないくらいに、
だいじょうぶでした。


もちろん、好ききらいがあって当然、
相性もありますしね、
ぜんぜん、そういうのは、いいのですが、
でも、たくさんの読者のかたが、
この「味」というか、この「香り」を
その意味を、わかってくださって、
ほんとうに、しあわせに思っています。



エソテリックなこと、
秘儀的なこと、
まあ、現代風にいったら、精神世界的なこと、
というのは、
ともすると、
「逃げ」「逃避」(あ、いっしょか)になりがちで、
非常に扱いがむずかしいというか、
こう、現実の生活や人生や社会からの「逃げ」になっているものについては、
もったいないと思うし、

◎おえー、スピリチュアル? おえー


というかたがきらいな理由も、
わたしは、そういうところにもあるのかなと思います。


まあ単純に


◎わっかんねーし、おれ、


ていうことかもしれないけれど。



わたしは、
なんというか、
もうめっちゃ好きやねん、という方向でもないし、
むねがむかむかするわー、という方向でもなくて、
もう少しフラットに、
目に見えるものも、目に見えないものも、
同じように、とらえたらいいんじゃん、くらいに思っています。


セリーヌのバッグもかわいいし、
天使カードもひく、という態度です。

デニムをすてきに着こなしたいし、
ペンジュラムも使う、という態度です。




わたしはその両方(の態度)に愛を送りたいし、
その両方をむすびつけたいとも思っています。
欲張り?


でも、そういう時代がいよいよきたのだと思います。
昨日のインタビューで、
ほんとうに確信した!!!

Hさん、スタッフのみなさん、
ほんとうに、ありがとうございました!
ねたばれになってはつまらないから、
また、内容は、本誌でね。


おもしろい時代になりました。




****



もうひとつ、昨日話していて、
いわゆるアセンションと呼ばれるものについても
わたしはよくわからない点があったのですが、
自分なりに「こういうことかな」と思っていたことが
やっぱりそうか、と
インタビューでお話をきいていて
「わかった!』となる瞬間があって、うれしかったです。


ほんとうに、
秘儀的と呼ばれるようなことって、
あやしげなこととか、
神秘的であるとか、
まあ、そういうのもすてきなんだけれど
至極、まっとうな、非常に、単純なことなんだと思います。

ものすごーーく単純な、
自然の法則。

でも、もう単純すぎて、
わからんちんというか。


それをまた、
へんな方向から、
わからんちん用語をつかって話すと
ますますわからんちんになって、
だからこういうの、
きもいんだよ、という話になってしまう。

でもね、
すごーく、シンプルなこと、なんだと思います。
古代、たとえば、日本の縄文人ならば
みんな、だれもが知っていてつかっていたような
知恵のたぐいだと思う。

うまくはいえないのですが。


逆にいったら、
秘儀的なこととか、あれこれどうだとかいうよりも、
毎日の仕事や、
毎日の生活や
毎日の子育てや
毎日の家事をいっしょうけんめい、ぶりぶりぶりぶりやっていたら
そこから、「真理」と呼ぶようなものは
たちあがってきて、
肉体で、それを知ることができるのだと思います。


ただ、いろいろな知恵が外に出てきているというのは、
その「ものごとの本質」を知っていく、
その加速をつけるための、お助けがきているといいますかー。


だから、
その、目先の知恵に興奮して、振り回されていたら、
ぜんぜんもったいなくて、
いかに、それを、自分の生活、肉体、こころ、態度、行動に、
いかすかのみが大事なのだと思います。

あたまでわかることもたいせつだけれども、
それをつかってはしることが大事というか。

ガソリン入れて走ってない車、というのは、
意味がないわけで。
いろいろな知恵を知って、
でも、それを、現実の生活でつかっていない状態、というのは、
ガソリン入れたまま、駐車場に止めてある車みたいなもんです。


あくまでガソリン、されどガソリン、
といったかんじかしらん。


目的は、走ること、なのだって思います。


肉体をもって生まれてきたのだから、
ほんとうに、
両方が大事ですね。

ふわふわふわふわふわふわしたことばかりでも、ね。

いつかは
きらきらきらきらきらきらしたものばかりに
なるのかもしれませんが、
まだ、現実社会はそこまで成熟していないように思います。


きらきらも、ふわふわも、
肉体も、どろどろしたものも、
いろいろなものも含め抱きながら、
こつこつと歩くということが必要なのだと思います。



そしてあたらしい時代をあるくときに、
自己卑下はほんとうに邪魔な態度です。

ここのところなんども書いていますが、
誰かをばかにするという態度は、
自分をばかにする、という態度だし、
自分をばかにする、という態度は、
自然全体をばかにする、という態度だと思います。


ばかにすることをし合う、ほど
(特に、身近な人に、)
ばかばかしいことはありません。


いかに小さくとも
傷つけ合うことをとめる勇気をもつことが、
あたらしい時代に進む、とても大事なカードのように思います。
(Rシュタイナーのいう、健全な思考と健全な感受性というのも
こういったあたりにあるのかしらん。
あと、毎日の目の前のことを肉体をもって大事にするという態度というか。
それをしっかり経ることなしには、
霊的な世界についての目も見開かれないといいますか)


それには、
自分を傷つけないことから、です。
誰かを傷つける人は、
何より、自分を傷つけているのです。
(受けた傷を傷でかえそうとしているか、
傷があることがあたりまえと思ってしまって、
常に傷をつくるようにつくるように動いてしまうみたい)


あたらしい時代は、
わたしたちが思っているような範疇を軽々とこえて、
もっと、(よい意味で)軽くて、調和的で、
本気で平和、なもののようなきがしています。


そしてその前の
膿だしと、毒だしが起こっているのが
今という時代なのかなと思います。


めんげんに、好転反応に祝福あれ!
というか、
めんげんは祝福のうちにありますよね。



どうぞ、ひとつ、ふたつ、
何かを馬鹿にする、という態度を
もう、やめてみてください。
どんな存在も、馬鹿にされていいものはないのだと思います。




◎おまけだよ!


☆5月6日(日)
青山ブックセンターで、植島啓司先生のお話のインタビュアーを
させていただくことになりました!
聖地のお話をききます!!(興奮)

植島先生といえば、むかし予備校で、隣の席にすわった女性が、
植島先生の学生さんで、でも、その大学を彼女はやめて、
再受験をしようとしていて(たしか20歳か21歳くらいだった)
ほんとうにガッツのある人だなあと思って、
彼女はほんとうにがんばって、第一志望の大学へ行ったのですが、
(彼女はどうしているかしら)
その人が、大好きといっていたのが植島先生でした。

わたしも高校生の頃読んでいた雑誌にお出になっていて、
こんなかたちでお会いできるとは!と、感激しています。
聖地、については、幼稚園児くらいのおさない知識しかなくて
おはずかしいですが、そのぶん、
はじめてのみなさんと同じ視点でおはなしをうかがうことができるかもです。
お話をうかがうの、たのしみです。

集英社のご担当のかた、青山ブックセンター山崎さん、作田さん(やっぱり名指し)、
ありがとうございました!

どうぞ、よろしくおねがいいたします。


☆仕事のワークショップのみなさん

昨日クレヨンハウスで、たまたまばったり
仕事のワークショップの受講生だったかたとお会いしました。
いろいろもりあがっているみたいですね!
わたしも参加できるぶぶんは、
ぜひ参加させていただきますね。
掲示板も拝見しています。
たのしんでくださいねー。
WS第3期のみなさんは、ぼちぼち宿題、たのしんでくださいね。

宿題!
このくるおしくも、甘い、響きよ!!



☆いま掲載されているものたち


■リンネル6月号の
コンサバティブ特集に登場しています。
「コンサバ」を文字通りうけとめてしまって、
全身コンサバスタイルで登場し、悪めだちしています(たは)。
でもね、コンサバな格好、好きなんですよね。
ということで、たのしんで出演させていただきました。
ちいさな記事ですが参考になったらうれしいです!



■the Future times
アジアンカンフージェネレーションの後藤さんが編集長をつとめる
フリーペーパーに掲載していただきました。
ありがとうございました!

配布先はこちらです。




■ストロベリージュースフォーエバーが5刷

になりました!

最近、若い読者さんも増えてほんとうにうれしいです。
大阪でのサイン会では、
ハイティーンのかたもいらして、
とってもかわいらしくてうれしくなりましたよー。
こころはつねに高2、のわたしです。
よろしくおねがいいたします(どの方面に対してだ?)。





わたし個人的には、
マーマーマガジンの制作のほかに、
いま、本をわしわしわしわし書いていまして、
あとは、バンドのmmaも、いろいろあたらしいことを考えています。

表現は、
これから
どんどんとあたらしくなっていくのだと思います。


音楽を売る、というのは、こういうふう、というかたちや
本を売る、というのは、こういうふう、というかたちは、
どんどん、かわっていかざるをえないように思います。


その、あたらしいかたちを模索するのがたのしいです。
自由度を増すということは、
成熟するということにほかならないのですね。


なにせ、ふるいやりかたにしがみつかないことですね。
勇気がいるけれど
勇気をだしたら、
その瞬間、あたらしいときに自分が突入しているんですね。



どうぞ、次号のマーマーもおたのしみに!





よい春の日をおすごしくださいね。






チャオは黄金柑





| ホリスティック | 09:24 | - |
自分の感情をころして生きて、これからもそういうふうに生きていって、ほんとうに、あなた、それでいいの
「自分のことを大切に思うということは、

*みんなよりも自分が強いと思うことでも
*みんなよりも頭がいいと思うことでも
*みんなといっしょだと思うことでも
*みんなよりもお金持ちだと思うことでも
*自分が思った通りに人を動かせるということでも

ない。

自分と仲よくつきあっていると、
力がわいてくる。
ほかの人と自分をくらべることで生まれてくるものとはちがう、
きみだけの心の力だ。


心の力があれば、だれかにいじめられそうになっても、
自分をまもれるかもしれない。
心の力があれば、だれかをいじめたくなったとしても、
のりこえる方法をみつけることができるようになる。

心の力は、だれでも身につけることができる。
自分の力として、ずっと役に立てることができる。

心の力を大きくふくらませていくには、
つぎのことが必要だ。

*気持ちとはなんなのかをきちんと知る
*何をどう感じているのか、を人まかせにしない
*何をどうやったのかを、人のせいにしない
*ありのままの自分の力を信じる」



『自分をまもる本 いじめ、もうがまんしない』
(ローズマリー・ストーンズ=著 小島希里=訳 晶文社)より抜粋





みなさん、こんにちは!
東京は、すこやかな晴れ。
空気は、14歳の少女のような清さ。
光は白くてまぶしいです。


昨日は雷がなりましたね=。
昨日といえば、仕事のワークショップ第3期の第1回目で、
(ほんとうの第1回目は2週間前で、それは嵐で延期になった)
でも、このように2週間おくれで、
第1回目がはじまることも、必然だったのだなあというような、
そういう第1回目でした。
また、それを、こう、
共感しあえる、メンバーが集まった、といいますか。

すばらしいシンクロニシティ、
その宝庫、第3期のみなさんでした。
あらためまして、どうぞ、よろしくおねがいもうしあげます。


***


先週、今週と、
ほんとうにいろいろなことがありました。
そこに流れるテーマがあるとしたら、
自尊感情、についてなのでした。

自尊心ってなんだろう?

そのことを
つきつけられることがたくさんあったのです。


つい、人と自分を比べたり、
人をうらやましく思ったり、嫉妬したり、
誰かをばかにするような行為をしたり、
(自分をばかにするような行為も含む)
「どうせ自分なんか」と思ったり、
または、自分の感情を感じないように感じないようにしていること、
そして、人の気持ちをほんとうに汲み取れないというようなことと
自分の自尊感情というのは
深く結びついているのかもしれないと
考えさせられることが満載でした。


(立体的にものごとはおこり、
それをパズルのように組み合わせて、
目をぼんやりさせて、
そこに浮かび上がってくる、
文字を読み取ると「自尊感情」ということになる、
というかんじです)



わたし自身がどうも取り組むテーマに、
「依存」ないしは「共依存」の問題があるのですが、
依存の問題と、
虐待、虐待というと大げさだけれども、
小さくいったら、いじめ、
もっといったら、自尊感情を傷つけるような行為、
もっといい名前があるといいけれど、
人が人としてないがしろにされるようなできごと、やりかた、
そういったことと、大変、関係があるように思っています。


たとえば、
誰かを平気で罵倒するような人が近くにいた場合、
たとえば、
父親が、母親、子どもに、平気で罵倒している、
そのちかくで育った場合、
その「罵倒」が辛いために、
感情を殺すことを人は覚えます。

それは、
自分をまもるために、
そうしているのだから、
つどつど、罵倒がはじまるたびに、
自分を守ることには成功をしています。

成功しているというより
必要だから、そうなっている。


しかし、
それは、風邪ひいて薬飲むようなことで、
根本の解決にはなっていません。
(風邪は、薬を飲んで治す物ではなくて、
風邪は、からだが「よくなろう」としている症状、なのであって、
本来は、とめてはいけないものだからです。
一時的に、その風邪の症状はとめるけれども、
薬を飲むことで、自己免疫力は落ちて、
自分で治すちからはどんどん弱くなっていってしまいます)

それに似て。


罵倒をきく→感情を殺す→感じないようにする→一見平和


というような状況は、
本来の生きるちから、こころの力を
どんどんと、弱めていきます。

そうして、
人生の大事なとき、
いや、大事なときじゃなくても、
その弱まったこころの反動が出てしまうのです。


一時的には成功だったのです。
だから、それは必要でした。
でも、ほんとうは、感情を殺す方向ではなくて、
正々堂々と、
「それは、わたしはいやです」と
大きすぎずも小さすぎずもなく、
その大きさで、表明することが必要なんだと思います。


ただし、問題なのは、
それが、自分が子どものころにおこっていばあい、
意見を表明することは非常に難しいし、
酷い場合は、「自分のせいだ」と思っています。
そうして、
大人になってから、
いろいろな不調がでてきます。


***


さて、
これを読んでいて、
不調がでてきている人は、
ラッキーだと思う。
いま、大変かもしれないけれど、
「不調」が、これまでの、ズレ、不具合を教えてくれているからです。
問題解決にもう入っている。

おそろしいのは、
自分が感情を殺しているということさえ
きづいていない状態です。
自分は問題ない、と思っている人のほうが
実は、あやういのだと思います。



***


さて、
自尊感情が非常に低い状態で
大きくなると、どういうことがおこるのか。
そこで、「依存」の問題が起こります。

依存というのは、
ほんとうにいろいろな種類があって、
恋人、夫婦、子ども、仕事、食べもの、アルコール、ドラッグ、セックス、
さまざまなものへの依存があります。

依存していることで
バランスしているので、
当座は、とりあえずは、
その状態が、一時の「バランス」なんだと思う。

でも、
もし、何か問題がたちのぼってきたとき、
(たいていは、何かの問題が起こります/問題が起こらないレベルならば、
それは問題ではないのだと思う)

そのときには、
ほんとうに、
自分の感情を殺してきたそのおおもとは何なのか、
自尊感情をこんなに低めてきたものは何なのか、
みつめる
よいきっかけになると思います。


◎自分はどうせこれくらいでいい


というような
人間は、そういうような存在ではないんだとおもいます。

誰一人として、
「これくらいでいい」という存在はいない。
いのちってそういうものだからです。

花や木や鳥や魚や
そういったもののいのちに
「こんなもん」というものがひとつもないのと同じです。

どれひとつとっても、


◎アンタ、どうやって、そういうふうになったのサ


というくらい!
すごいかたちをして、すごい魂で、すごいいのちなわけです。


わたしたちは、
ハエ一匹さえ、つくりだすことはできない。
ローズマリーのつんつんの葉さえ、つくりださないのです。
いのちとは、ミラクルなわけです。

自分という存在も、
そういう存在なんだと思う。
それを、ないがしろにする行為は、
もし、みんながつながっているとして、
この世界を、罵倒する行為だと思います。


ひとりひとりが
自分の自尊感情を傷つけるようなこと、
誰かの自尊感情を傷つけるようなこと、
そういうことを行うことが、
もう、もう、
めちゃめちゃな量で、
世界中で、小さくも大きくもおこっていて、
その状態と、
この、自然の崩壊は、深くつながっていると、わたしは
思っています。


自分の自尊感情を傷つけることは、
この世界や、この自然を傷つけているのと
同じことなんだ。

大げさかなのかもしれないけれど
そう思います。


自尊感情は、自然の中心、宇宙の中心につながっているのです。


先週、今週と、

「こんなにも自尊感情を低めて生きているのか」という実体を知る、
そういうことをたくさん観る機会を得ました。
これもわたしの記憶なんだと思います。

わたし自身の自尊感情も
よく見直しました。
まだまだクリーニングが必要だと思いました。
ただただポノっています。

自尊感情を低めるなにか、がなになのか
追求する、そんなことに、食指さえ動かないけれども、
しかし、
その原因追及や悪者さがしをするのではなく、
それらは、筋肉を鍛える、
ジムの機械だ、くらいに思いまして、
それよりも

感情を殺していきている自分、
いきてきた自分、自分を卑下する自分、
誰かと自分をくらべる自分、
くらべる中でしか自分を存在させられない自分、
悲劇のヒロインを演じる自分、
自分の感情を誰かにかたがわりしてもらっている自分、
自分の人生の主人公になるのから逃げている自分
からは、
少しずつ、
ときに軽々と、
こえて、
ほんとうの意味で、自分のことをたいせつにする、
そういうことをはじめてみてほしいなと思います。


くりかえしになるけれども、
自分の感情を感じないようにシャットアウトしているのは、
根本の解決ではありません。
それは、自分と人を傷つけます。
シールドがきつい人は、自分が感じないから、
人にも酷いことをいったりしたり、してしまいがちです。
でも、感情を殺していきているから、それすらきづかず、
まわりに問題をつくって、ストレスをつくり
もやもやもやもやもやもやもやしていきています。

そうして、
アルコールや
たべものや、
人間関係の依存や、仕事に依存して、
もやもやからまた一瞬のがれるという
デフレスパイラルのなかで、
一生を終えるのです。


いいの?
それでいいの?
いのちをそんなふうにしていいの?

って思います。


せっかく、舞台をもらったのだから、
誰かにほめてもらおうとかではなくて、
ただただ、自分の舞を舞う、というのが、
しあわせなのだと思います。

ほんとうに、
人は、自分のすきなように、生きていいのだと思います。
ただし、
自分のことをたいせつにして、というのが前提なのかな。


2012年は、
ひとびとが、ほんとうの意味で自分のことをたいせつにする、
ひとびとの自尊感情が高まる、
それをみんなが、認めて、さらにゆたかになる、
そういう区切りの年かもしれません。


どっちの船の乗組員になる?
ときかれているかのようです。



アップする写真がたくさんあるのですが、
なんだか今日はそういう気分にはなれません。
キキが、箒でうまく飛べなくなったころのようなきぶんです。
飛べないわけじゃないんだけれど、
箒にまたがらず、木のかぶにすわって、
じっと森と一体になっていたいようなそういうきもち。

きっと、飛ぶ前、なのネ。
こういうときもありますね。









みなさん、どうぞ、よい春の日をおすごしくださいね。
いろんなことがおこるけれど、
きっと、うまくいっていますヨ!
へこたれないのヨ!

















チャオ理論





| コンシャスプラン | 09:20 | - |
自分が自分を扱うように、人は自分を扱うのだ(たぶん)
今は山中 今は浜
今は鉄橋 渡るぞと
思う間も無く トンネルの
闇を通って 広野原(ひろのはら)





童謡『汽車』より抜粋






今、今、今!
つねに今!


みなさん、こんにちは!
昨日は、ブログを書き終えてアップしてみたら
途中で切れてしまうという事件が勃発し、(よくあること)
続きをさっそく書こうと、
PCに向かっているおれ、いや、わし、いや、わたし、
わたしの中の平和、peace of i,
milletとかいてみれいです。


『汽車』の歌詞、
いいですね。深い。
生きているって、
今は山中、今は浜、今は鉄橋渡るぞと、
という感じで、そうして、トンネルがあって
(って、こういう野暮ったい説明って、ほんとうに野暮)
ぬけると広野原って、
まさにこういうことなんだなって思います。



さて続きです。

自分が自分を扱うように、
人は自分を扱うのだ、の話です。


えっと、結婚からだな。


ご夫婦というのは鏡みたいなところがあって、
それでもって、
「おいこら、夫」(おいこら、小池、の発音で/あれ、ちょっとすごいポスターですよね)
なんて思っているけれども
そのおいこらの先にあるものって、
実は自分なんじゃ、って話です。

逆に鏡なわけだから、
夫を変えようと思う前に
自分が変われば、鏡の中の夫も変わるんだん!
という仮説なわけですが。



結婚とか家族は、クリーニングの宝庫で、
ホ・オポノポノ的にいえば、
クリーニングする必要があるから、
結婚をしたりするわけで(子をうむことも同じ。
子どもは、自分の記憶をみせてくれる存在)
逆に、今、独身で、
結婚したーい(ばかっぽい声で/からだをくねらせながら/アヒル口で)
といっている人は、
よくクリーニングしてから結婚してもおそくはないのでは?
という話でした。


つまりは、
記憶でもくもく状態のときに結婚すると、
その状況が相手にあらわれるわけで、
まあ、けっこうクリーニング、たいへんなわけですよね。



逆にクリーニングして、しまくって、
その先にあらわれた人と結婚しても
おそくないのではないかなってはなしです。


まあ結婚という形態すら
必要なくなるというはなしもありますが。
自分にもっとも必要な
パートナーがあらわれる。



で、です。


じゃあ、結婚もうしているわしたちはどうしたらええんじゃろうか、
という問題についてですが、
これは、もう、ほんとうに
目の前の人が、ザ・クリーニングの対象、
クリーニングの宝庫、
いってみたら、洗濯物(ものっていって、すんません)
なわけでして、
しかもその「汚れ」は、
その人の「汚れ」なんかではなく、
「自分の汚れなんじゃーーーーーっ」
(がががががーん/ピアノの低音の鍵盤まとめて押さえた音とともに)
ということなんだと思います。



「よっしゃー、洗濯させていただきまっさー」てなことで、
もう、「舞台」にあがっているわけですから、
結婚という名の舞台のうえで、
ただひたすらに、洗濯につとめるという、
そういうことなのかなと思います。


洗濯物はいつかは洗わないといけません。
それを、いつやるか、なんだね。


結婚前にする人もいるだろうし、
結婚後にする人もいるだろう。
洗濯物の汚れが凄まじすぎて、
ちょっと洗濯いったんお休みさせていただきます、
(つまりは、別居もしくは離婚)という選択だってありなのだろうし。


何度もいいますが、
洗濯物の汚れは
自分の反映なんです。
その汚れすべてが自分ではないかもしれないけれど
その汚れを「洗いたい」といって
「すっきやねん」とかいっているということだったりします。


ぼへー。



また、金曜日のメルマガのテーマにも通ずるのですけれども、
女性はけっこう、
男性にとっていわれたくないことをいったりしていますよね。
地雷をふんでしまうの。

男性は、なかなかに
傷ついているとおもいます。

「怒り」を表現するという課題は、
男女にかかわらずあると思いますが、
怒りを上手に、伝えられるようになったらすてきだね。

というか
なかなかのそれは成熟なんだと思います。

正統な「怒り」というのは、
ためてもよくないし、
感情でおしつけるのも子どもっぽいし、
正しくその大きさで、
それはまるで、筋のよい、ストレートの直球のごとく、
キャッチャーミットに、
投げ込まれるたぐいのものなのでしょう。

それを豪速球にしたり、
キャッチャーがとれないようなところに投げたり、
ピッチャーかまえといて、ぜんぜん投げないとか、
ファーストやセカンドに牽制したりしてばかりいるから、
ほかの人の怒りもかうし、
試合がすすみませんがー、
ということになるのだと思います。


中矢伸一さんの「正しくこわがる」ではないけれど
「正しく怒る」ということも、
とてもいま、必要な態度ではないかなというふうに思うのです。




人が自分に行うこと、
それは、自分が自分/または誰かに行っていることなのかもしれない、
と仮説してみてください。

もしくは、
自分が人に行っていること
というのは、
自分が自分に行っていること、なのかもしれません。


なぜ、あなたが関わる人、関わる人が、
むっとするのか。
ないしは、関わる人にむっとしてしまうのか。
(むっとするようなことが、起こるのか)
なぜ、仕事をする人、仕事をする人が、
思ったように/いったように動いてくれないのか。

それは、
その動かし方のなかに、
自分が自分に対してやっていることの「くせ」が出ているのだと思います。


もっといえば、
自分がどのようにまわりに扱われてきたか、とも
関係があると思います。



もしも大事にされてこなかった記憶があるのだとしたら
それをクリーニングしてください。
そうして、誰もあなたのことを大切にしてきてくれなかったと感じてるとしたら、
あなた自身くらいは、
自分のことを大切にしてあげてください。
あなたまで自分を祖末に扱ってどうする!
そうしたら、「自分」は誰からも大事にしてもらえないことになってしまうのです。
(ぶえーん)


いや、
ほんとうは、あなたのことを大事にした人はいるのです。
人生のうち1分くらいは、誰かがあなたのことを
本気で大事にしたはずなのです。
でも、わるいけど、見逃したのは自分なのだと思います。

「大事にしてくれなかった」思い出の傷口にいつまでも立つのではなく、
「大事にしてもらった」そのあたたかさのなかに
自分をいれるようにするといいと思います。

もしそれさえも、やっぱりない、と思うならば、
今日、今、この瞬間から、
自分で自分のことを大切にしてください。
その方法がわからないのならば、
古今東西の
「やさしくした/された物語」にヒントを得てください。


物語というのは、
たとえば、童話だと、ほとんどがAC(アダルトチルドレン/古いことばでごめんなさい)
の作家が書いた話だという説もあって、
そうじゃないのが、アストリッドリンドグレーンだ、という意見があって、
非常におもしろいはなしだなと思っているのですが、
自分のなかにAC的要素が強いと、
どうしても、AC的なまた物語に惹かれてしまうという
デフレスパイラルに陥りがちなので、
簡単に、おすすめできないのですが、
まあ、いいや。
それもその人の、タイミングなのでしょう。


歌詞でもいい。
何かのたとえ話でもいい。
あなたのまわりの人物でもいい。

シータのような「してもらう能力たかっ」という人を
よく観察するのです。
そしてその人の行動様式をよく観て、
そうして自分でも何かの機会に試してみるのです。



目の前にある「問題」は
洗濯のチャンスなんだと思います。


洗濯はほおっておくこともできるけれど、
いつかはやる必要があるのだとおもいます。


その洗濯を、
いままでとは
違う、抜本的かつスピーディな方法で
やるチャンスがあちこちできている、
それが、2012年なんだろうと
春のぼんやりした空気のなか、
考えたりしています。






汚れを観て、「げ」というんじゃなくて、
「よーし、あらったるぜー」と腕まくりするくらいが、
いいのかな。

それには
体力も必要ですから、
体調をととのえることもたいせつですね。

(だから体力が弱っているときは、
「げ」と思いやすいし、
ただそれだけってことだし、
だから、体力つけてから、洗濯にとりくめばいいのだって思います)







やってみてちょー!












では、
また、
ね!




◎おまけ
汽車









peace of i



チャオは、洗濯物よ、さあ、こい、というきもちでいたりいなかったり



| コンシャスプラン | 10:53 | - |
してもらう能力をシータに学ぶの巻
ぼへ!

みなさん、こんにちは。
おかわりありませんか?
もう、なんだか、目盛りいっぱいで
いきています、
milletと書いてみれいです。

え?
目盛り?
なにの目盛り?

目盛り、
それは
メモリー

メモリー
それは
重り

重り?
それって
重しのこと?


重し
それは
重いね


というわけで(どんなわけだっ!!!)
4月も11日で、
あせりまくっている
milletと書いてみれいです。
とくに、
このあせりを、ほんとうにあせっているんだということを
WAVE出版N嬢そして、大和書房K先輩に
このメルマガから、
どかんと、
テレパシー(テレパシーじゃなってば、もはや)
をおくりたいと思います。

(ありがとうごめんなさいあいしていますゆるしてください/公開ポノリング)




***


うえーい



えっと、ですねー


なんだか先週から
あわ、あわ、あわあわに
あわただしいのは
なぜ?って、
えっと、
ワークショップ第二期の5回目がありましたでしょう!
(もりあがりましたねー!! おっぱい組!!! 
みなさん、ほんとうにありがとうございました!!)

あとは、
えと、
mmaのライブがありましたでしょう!
(ダスティン・ウォングさん、にせんねんもんだいのみなさんありがとう!)


えと、えと、
あと、念願&待望の
社員旅行があったでしょう!
(運転を担当してくださったH君おつかれさまでした!)



あとは
えとえと、
16号の制作がはじまっていたり、
スカイプで会議をしてみたり、
なんだなんだ、
とにかく、なんだかんだと
春の日をおくっています!


****


そうそう、
今週金曜日発行のメルマガは
「みれいの部屋」の番なのですが
(各週で、お悩みにのっています)
こないだ、ある女性のお話をきいて
おもしろいなあと思ったので
すこしだけ書かせていただきますね。


その女性のお話は、
夫にもっと家事をやってほしいニョロよ〜
と思っているのだけれども
なかなかにやってもらニャイニョロよ〜
というものでした。


その女性もバリバリに働いていらっしゃるので、
そうよね、たまには
男性も家事をしてほしいわね、という話でもりあがったんです。



で、思い出したのが、
天空の城 ラピュタのシータのことです。


20120403_2441067.jpg

シータは、この人





シータは、
海賊船(?ちがってたらごめんなさい)
に乗り込んだとき、
料理をつくろうと厨房に入るのですが、
次から次から、
おじさんの乗組員が手伝いにきてくれます。

あれって、
SHIEN学でいうところの
「してもらう能力」が高い、ということですよね。
シータの「してもらう能力」半端ない!という話です。



つまり、
その「家事やってほしいニョロよ」という女性の
「してもらう能力」をあげていくといいのかなって思ったのです。


うむ。


どうやってあげたらいいか……。



の!


そのまえに!



もうひとつ、別の場所で、気づいたことがありまして…


それはつまり


◎自分がやられていることは、自分がやっていること


ということです。


つまり

◎待っても待ってもこない、というのは、こちらが別の誰かを待たせているのでは?


とか


◎自分のことを、いまいち、たいせつにしてもらえてないかも、というのは
ひょっとすると、自分が自分をたいせつにしてあげていないのかも


とか



です。




つまり、
自分の中身を
外側にうつして観ているというわけですね。



「んなあほなー」って思うかもしれないでしょ!?!でしょ、でしょ!
でも、それが、
ほんとうにそうみたい。



◎自分がやられていることは、自分がしていること(誰かに/もしくは自分に)



なんです。





ががががががががががががーーーーーーーーーーーーん(ピアノの低いほうの音を
まとめて押さえた音つきで)




ショーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーック





でもそれほどまでに
自分って自分のことわかっていなかったりします。





それで、
これはほんとうにほんとうかはわからないけれども
その女性のお話(ほんとうによくある話)なんですが、
たとえばです。

お皿を洗ってほしいニョロねー

と思っていたとして、です。


でも、
実は、
自分自身の問題で、
「お皿を洗っていない」に象徴されるような
ほったらかしてあることがないか点検してみる、とか。


もっといえば、
自分で自分を大切にする、
みたいなことをもっとする、とかすると
なんか、「しかるべきように」扱われるようになるんじゃないかなと
仮説したわけです。


つまりは、

自分が扱うように、
人は自分を扱う。


むむ。


自分が自分を大切にするようになると
人はかならずや自分を大切にするようになると思います。

その裏には、
自分を大切にするひとは、
まわりの人も大切にできるから、っていう話もあるにはあるんですが。



で!

「してもらう能力」です。


シータはね、
自分をたいせつに扱っているんじゃないかな。
「天分」にしたがって、
いっしょうけんめい、
自分の天分を生きようとしている。
これって自分をたいせつにしようってことですよね。

だから、
まわりの人は、
シータをたすけたくなる。


夫の家事問題は、
これほどまでに大きな問題じゃないかもですが、
ひょっとしてひょっとすると、
さらに、
その女性が、
自分のことをもっともっとみつめて大切にしていくと、
いつのまにか問題も解決するのかもしれません。


ないしは、
わたしの、傘問題
(引っ越したいえの目の前の人たちが傘をだしっぱなしにして
たいへん不快だったという話→詳細はメルマガで書いています!
→結果気にならなくなったって話ですが→現在7本あります/爆)
に似て、
「家事をしてもらおうがしてもらわまいがきにならなくなった」
ということもあるかもしれないですね。


わたしの友人で、
以前は、ほんとうに、家族にたいして「ぷんぷんのぷん」と
ぷりぷりしていたのに、
冷えとりやホ・オポノポノのクリーニングをガチでやりましたところ、
もう、感謝だらけになって、
夫にも子どもにも感謝ばかりになった、
という人がいますが、
ほんとうに、自分が変わると
まわりも変わる、なんですね。


(その方の夫ぎみは、まえは超ヘビースモーカーだったのに
現在ではタバコは辞めまして、インドア派だったのに、
山登りをなさるようになったそうです! すごいですね)




ちょっぴり勇気のいることですが、
いちばんきらいな誰か、は、
自分のなかのいちばんきらいな部分、を反映しているのかもしれません。
だから、嫌い、なのかもしれません。


もっとも問題があるところ、というのは
自分の内側の問題を観ているにすぎない、のかもしれません。

そう仮説することは、
タダだし、
もしちがってたら、忘れればいいんだし、
やってみる価値はありように思います。

なぜなら、
ものごとが立体的に見えるから。


おもしろいですね!


ちょっとためしてみてくださいね。
今週のメルマガのご相談は、
夫のいびき問題について書きました。


ご夫婦っておもしろいですね。
完全に、鏡。

そして
独身のみなさま、
とにかく記憶がもりもりにある時期にではなく
クリーニングしまくって結婚してもおそくないと思いますよ!


って!
結婚してるわたしはどうなんのよみれい!!!!!


と!

なぜかここで原稿が、
ウェブの機能の関係でカットされてしまいまして、、、
(すごいロングバージョン書いたのに・えーん)





続きは明日ということで!

また書きますね。




チャオ芽!!

| コンシャスプラン | 18:55 | - |
あらしのよるに、大阪生マーレポートと谷川さんへのお返事などなど
ぼへ!



みなさん、こんにちは。
東京は嵐の夜。
……と、窓を今あけてみたら
もうずいぶん、風もやんで、
春のにおいが、ぷん、といたしました。

被害などが
たいへんでないとよいです。


そうそう、今日の夜からを予定していました、
仕事のワークショップ第3期の第1回、
おやすみとさせていただきました。
きっと、これも、意味があるのですよね。
再来週からスタートをたのしみにしています。

また第2期のかたは、いよいよ今週末、最終ですねー。


あいやー、
それにしても
強風のせいなのか、
雨のせいなのか、
はたまた春だからなのか
星の配置の関係か、
今日は、なんだか、ふしぎな日だったなって思います。


うまくはいえないのですが……。


すごい、浄化の風が吹き荒れた。
変化のときは、
もう、おへその下の
おなかの奥のほう(丹田ってやつですね)に、
エネルギーを感じているしかないですね。

ただただ
行き過ぎるのを待つというか。
じっと、待つ、といいますか。



****



そうそう!
先週は、大阪で生マーしてきました。
大阪のみなさん、
ほんとうに、ほんとうに、
ありがとうございました!

お手紙、みんな、読ませていただいていますよー。
ほんとうに、ありがとう。

くわしくは
今週金曜日発行のメルマガでも書いたのですが、
心斎橋のスタンダードブックスは
ガール、ガール、ニューガールでひしめきあい!
やー、おもしろい夜でしたねー。

ホテルに戻ってから
もっとあんなふうにお話ししたらよかった
こんなふうにお話したらよかったって、
あれこれうかんだんですが、
なにをいいたかったかというと、



◎自分という車のハンドルは自分で握ろう、



ということだったのでした。

(もう、こわれたレコードのごとく、
同じことしかいってませんね……)


社会でもなく会社でもなく
親でも学校でも流行でもなく、
自分で握るときがきたみたいだなあ、
ということをお話したかったのですが、
なんだか、しりきれとんぼになっちゃった。


ごきぶりの話とか
自転車の話とか、
そんなことばかりしてしまった……とほほ。
どうかお許しくださいね。




ほんとうに、ほんとうに、
来てくださったみなさん、
スタンダードブックストアの
みなさん、ありがとうございました。






*****



書きたいことたくさんあるのですが!
編集部(というか、わたし)周辺は、いろいろとばたばたしていまして!


◎はやくも次なる16号の準備
◎この春発売になる『あたらしい東京日記』(大和書房=刊)の最終チェーック
◎そのほかのいろいろな本の準備
◎編集部のスタッフの送別会や歓迎会
◎4月9日(月)ダスティン・ウォングのレコ発ライブに、わたしが所属いたしておりますmmaが出演する、そのリハ
◎そのほか、いろいろ


などなど……。


ぼへー。


おいついてないし……。


(ありがとうごめんなさいあいしていますゆるしてください)


て!
こんなときは
半身浴ですね。


なんだか
あらしのせいか
頭がぼうっとするので、
今日は写真にたくさん語ってもらおうと思いまーす。



◎おまけ



大阪でーす


スタンダードブックストアに到着!





20120403_2441096.jpg



そして


20120403_2441098.jpg



ガール、ガール、ガールたちがっ!!!!!


(みなさん、ほんとうに、ありがとう!)



まちきれなくて……

20120403_2441100.jpg




思わず会場をのぞいてしまうわたし(ずばり、せっかち)



生マースタートー





20120403_2441097.jpg



これは、オーガニックコットンについて話してるところ


(なんか顔がこわいね!! 魚魚っ!)



そうそう
フレームワークにもうかがいましたよ!!

ディアモール店!!


20120403_2441105.jpg


写真がぼけぼけでごめんなさい。
「裏マー」(4Pバージョン)がわたしがいったときには
まだありましたよ! ゲットしたいかたはぜに!



お写真またアップしますねー。


そして突然ですが!!!!


☆大阪の谷川さんへのお返事でーす☆


谷川さん、こんにちは。
最後の質疑応答で、ぜんぜん、まともに答えられなくて
ごめんなさい。
本はあのときいった感じなのですが、
音楽について、ここに書いたほうがわかりやすいと思いますので、
お返事させていただきますねー。



わたしは、ふだん、
歩きながらとか、音楽を聴かないんです。
聴くときは、けっこう、集中して聴く。
あとは、事務作業で音楽がなっていても大丈夫なときに
仕事中聴く、という感じです。


原稿を書くときには
基本的には音楽があると書けないです。


というわけで、
道中も音楽を聴いていなかったのですが……。



最近いいなと思っているのは、


◎grass widow


わたしも女性3人でバンドをしているので
女性だけのバンドに興味があります。
この3人は格別に好きです! 
ファッションも、なんか、なんだろ、
キメキメじゃなくて、いいんですよねー。

そして!
わたしが大、大、大尊敬しているのが
そう、大阪のバンド!!!!


◎巨人ゆえにデカイ



馬場わかなちゃんの夫ぎみのDJで、
「イイナ」って思ったのが最初だったのですが、
もうほんとに、すてき、と思っていたら、
今年頭のライブで対バンさせていただきまして、もう大感激!!!!

ライブは、
男度が強すぎて、
観ているだけで、妊娠しそうになりました。

Tシャツに、水内さんと和田さんにサインももらったもんね!!!(自慢)
水内さん、そのせつは、ありがとうございました!!!


あと
大阪へ行った当日に
あたまの中にずっと流れていたのは
なぜか


◎the xx

のこの曲。

なんだろね。
ずっとループしてました。



というかんじでーす!
谷川さん、参考になったらうれしいです。

メルマガでは毎週、
本や音楽、たまに映画のことを書いていますので、
もしご興味があったら
ちら見してみてくださいねー。




***



さてさて、
ぜんぜん関係ないけれど
いま、わたしは
これに、むちう




20120403_2441067.jpg


シータ、
そして
パズー。

@天空の城ラピュタ




ずばり、男と女について考えてます。


未来の男と女について、といったほうがいいかしらん。


なんか、未来は、男と女とか、
(まあ、場合によっては男と男、女と女なんだけれども、
つまりは、恋愛とか愛とかそういったもののかたちのこと)
そういったことも
いろいろにかたちを変えていくのかなって。


マーマーマガジンでは
またそんなこともとりあげていきたいです。


ちなみに、
わたしの好きな男性は、
『タッチ』のたっちゃん、だったのだけれども、
パズーが、いまは熱いです。




パズーーーーーーーーーーーーーーッ(シータの声で)。




いや、その、
男とか女とか、
そういうことがどうかっていうより、
「自分」というものがたちあがっていく、
その瞬間が、いのち、というか、
たまんないんだなあ、なんか。


「自分がたちあがる」って、
感動的なことなのですね。


そのために生きているのかな。
なんてちて。





今日は半身浴して眠ります!




みなさん、よい春の日を。




Peace of i










チャオもすっきやねん!













| 制作裏話 | 22:27 | - |
ワークショップ、延期のお知らせ
こんにちは。

マーマーマガジン編集部のアマミヤと申します。


本日から、服部みれい・ワークショップ
「わたしらしい仕事・わたしらしい働きかた」第3期が
スタートする予定でしたが、
夕方から夜にかけて、台風並みの暴風雨が予想されるということで、
みなさまの交通の便、そして安全を第一に考えて、
延期させていただくことになりました。

ご予定いただいていた参加者のみなさまには、
本当に申し訳ありません。
スタートは、2週間後の17日を予定しています。

くわしくは、「服部みれいワークショップ事務局」から
ご連絡がいきますので、ご確認いただけますでしょうか。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

| お知らせ | 15:45 | - |
ありのままに観ることができたならすてきだね
 「それで畑のあっちこっちに、
虎鋏(とればさみ)をしかけた。
そしたら、仔ダヌキがかかったの。

母親のタヌキがすぐ側にいてさ、
私が近づいても逃げようとしないのな。
虎鋏をはずしてやろうと思って手を出したら、
仔ダヌキは歯を剥いて暴れるだけだ。
可哀想だけど、長靴で頭を踏んづけて、
虎鋏をはずして逃がしてやった。
ところが、逃げないのよ。

私の目の前で、母親が仔ダヌキの足、
怪我したところを一生懸命
舐めているのな。
その姿を見て、ずいぶん罪なことしたなあと思ったよ。
それで『もう食べに来るなよ』って、
出来の悪いトウモロコシをまとめて畑の端に置いてきた。
トウモロコシ作ってると、
私の歯っ欠けのようなトウモロコシが結構出来るのよ。
売り物にならない不良品だな。
それを全部置いてきた。

次の朝、畑に行ったら、ひとつ残らずなくなってた。
と同時に、タヌキの被害が何もなかったのな。
それで虎鋏をやめて、収穫するたびに歯っ欠けのトウモロコシを
置いてくるようにした。
それからタヌキの被害がほとんどなくなった。
だから、人間がよ、全部持っていくから被害を受けるんではないのかなとな。
そんなこと考えました(後略)」


      『奇跡のリンゴ』(石川拓治=著 幻冬舎文庫)より抜粋




みなさん、こんにちは!

先週3回も青山ブックセンター本店に通っているあいだ、
わたしの担当をしてくださっている作田君という
スーパー好青年(好青年ということばは、作田君だけのルビにしたいくらい)
と、お話していて、
奇跡のリンゴの木村さんのお話になりました。

作田くんの知り合いが、木村さんと
実際にお会いする機会があって、というようなことなのですが、
そのお話もとてもおもしろかったです。

福岡正信さんの『自然農法』をたまたま手にする機会があって
木村さんは、自然農法でリンゴを育てようと思うにいたるわけですが、
マーマーマガジンの関連のひとたちのあいだでは、
福岡さんの本を読んだり、福岡さんの大ファンという人も多くいて、
特に、マーマーのまわりのマーマー男子は、
熱く農業やりたいという男子ばかりで(本当に多い)、
そういう男子たちは、すんなりそういう世界を理解できて、
有機肥料さえもつかわないで育てる、ということにたいして、
抵抗がない、のですが、
しかし、
一般の、とくにこれまでのやりかたで農業をやってきた方にとっては、
おどろくほど、むずかしいことなのだ、と思います。
それもよくわかる。


自分を手放す、とは、
この「農薬」をすっかりやめる、ということに似て、
これまでの自分の考えを
まるきり捨ててしまう、ということなのだけれども
ほんとうに、それによって、どれだけの幸福や満足感や充足感や収入がくるか
わからないのに、
人間とはかくも手放せないものかと思ったりもします。

(まあ、それもわたしの「記憶」だからポノるのみなんですが)


この、
農業と農薬の関係は、
どの世界にもあって、
美容や結婚や医療やマスコミや、
もうどこにでもあって、
ガチガチの依存関係を、
現代人は結ばされています。

その依存関係にすらきづいていないのが現代人で、
「農薬がなければ、野菜が育たない」とは
どれだけの「催眠状態か」と思います。

人間は、
自分の肚(はら)で考えて、生きることを
忘れてしまって、
ただ、手先足先で、ゆらゆらと、
楽なほう、楽なほうへ、流れて、
その行く先が、この、今のありさまで、
もう、いよいよそのツケが、こちらにきているのにもかかわらず!

まだ、
「欲しい欲しい」と欲しい病にかかっている。


(ぼへー)


ちなみに、
本誌巻頭の特集でご紹介した
中矢伸一さんのひふみ農園でも、
やはり、自然農法で、
虫に話しかけて説得すると、
ちゃんと、虫は、畑からどいてくれるそうです。


こういうのって
ファンタジーじゃなくて
人間が、ちゃんと自然に通じていさえすれば、
そのようになるのよね。


殴るから殴り返されるのだって思います。
人間は、自然をさんざん殴りつけてDVしておいて、
でもまた、「食べたい」といっています。
そりゃないよねー。


ルドルフ・シュタイナーは、
ほんとうに、さまざまなものを、
実に、よく観察できた人だなあ、
観察する、ということに非常に秀でていたひとなんだなあと思うのですが、
本誌の石田紀佳さんの「魔女入門」にもあるけれど
ただ、そのものを「観察する」ということが
ほんとうに現代人は苦手だし、
そしてとても大事になってきていると思います。


そのものをそのままに見る、ということがもっとできたなら
どんなにすばらしいでしょうか!


ありのままに、対象を見ることができたなら、
いろんないいことがおこりそう。

弱いなあと思っている人は強いかもしれないし、
強いなあと思っている人は実は弱いのかもしれない。
万能だと思っているものは決して万能なんかじゃないかもしれないし、
不便そうなものが実はすごく便利なのかもしれない。

よく観察していたら、
そういうこともわかってきそうです。
「ことば」にあらわれない、真実の姿が。



素直さは、美徳ですね。



自然のふしぎさに目を見開いて
ただただ、感謝して、春を味わいたいなと思っています。


15号の読者カード、たーーーーくさん届いています!
お便りも! メールも!
みなさんにご返信できませんが(関係者のみなさまにも)
すべて拝読しています! ありがとうございます。

本誌に関連する別マーのコンテンツも毎週鋭意、アップしていきますので、
たのしみにしていらしてくださいね。



◎おまけ




石田紀佳さん




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「えみおわす」のお昼は
紀佳さんが担当なさっていまして、
それはすてきなランチだったのです。





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のりま(魔)とみれま。

のりまは、「ありのまま」に観る達人。

詳しくは、本誌の「魔女入門」を読んでね!





そこでお手伝いをしていたのが、





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Sたくこと、
ささたくや君。
ささくんも本誌連載スタートしました!


この冬ささくんは、シェアハウスの庭づくりに燃えていて、
ひさしぶりに会った彼は、なんかシュっとしてた。

写真は、「ささ シュ たくや、だね!」と話している図。


のりかさんが、
ささくん、筋肉もついたよ、というので
さわらせてもらいました。

わたしも、黒柳徹子さんにまけないくらいの
「いい具合の筋肉好き」です。

昔は、筋肉興味なかったけれど、
いいかんじで筋肉もあって、
肚ができている人のほうが
やっぱりかっこいいよねー。


からだ、だいじ!!


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Sたく、じまんげ!



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これらの写真を撮影してくださった
ヨガの渡辺えり子さんと3人で。
この3人で写真を撮ることが多いのはなぜ?


これが、のりかさんの料理の一部なんだ!


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目をみはるおいしさ!
そばのパスタ。
すばらしかったです!!!


テーブルにはみつまた



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この名前がわからなくて、
のりかさんがいろいろとヒントを出してくれていたのに、わたしは
「三股?」「三股?」「3人同時につきあうの?」と
ずっといってて、
情けないありさまでした。


のりかさん、ささくん、お手伝いなさっていたみなさん、
そしてえみおわすの直樹くん、
会場にいらしたマーマーガールのみなさん、
ありがとうございました!
春を全身でたのしんだランチでした。ごちそうさまでした!


しかも同じ日の夜に
もう一度、打ち合わせが代々木上原であり、
帰りに、会場によったところ、
のりかさんが、すてきなものを出してくださったのです!


写真がぼけぼけぼけ子ですが、




これは、
からし菜の一種で、
のりかさんの畑というか野草園というか、草ぼうぼうのりか園(今名前つけた)の
地にできる葉、なのですが、
これを塩漬けしたもので、
何の味付けもしていないのに、
尋常ならぬ味でした。

わしがシェフで、
コース料理つくるなら、
この葉を、メインにする!


とんでもなく濃厚な味で、
菌のつくりだす世界の豊穣さを口いっぱい味わいました。


なんか、えみおわす展へ行くと、
直樹君や、わたし、あとえり子さんも加わったりして、
いつも、ほんとうにエロい話ばかりしていて、
もう話も尽きたというくらい話してて、
よく思い返せば、
老人ホームっぽいなって思います。

うちらは男女、だけれど、
いやらしさが皆無で
(本当の意味でいやらしさがあるところでは、
なかなか本物のエロい話ってできないものなのよね……/ふ……髪の毛をかきあげながら)
いつもたのしいです。


もう話すのやめよう、といいながら、
会えば
「こんないやらしい夢を観た」とか
(だいたい話が、夢の話か、過去の話なのがうちらのかわいいところなのですが)
そういうことばかりいってて
おかしいです。


写真がたまっているので、
順次、またアップしていきますねー。


よい春の日を!!







チャオ菌!






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